2004年の4月に石垣島、竹富島、小浜島、沖縄本島へ10日間の一人旅をしました。

勤めている会社は30歳、40歳、50歳の時に10日のリフレッシュ休暇(有効期限5年)をくれるのですが、期限切れぎりぎりに漸く休暇を取った次第です。ちなみに30歳の時のリフレッシュ休暇は家族でハワイに行きました。航空券、宿、現地の観光も自分で手配したので、結構しんどかったけれど、別の意味で楽しい旅でした。


話が横道に逸れました。沖縄旅行は本当に心癒される旅でした。特に竹富島が良かった。
ちょうど1年に一度、潮が大きく引く大潮の日ということで、島の小学生や大人の人たちが浜に集まってモズク取りをするんですよね。青く、高い空のもと、海がきれいで時間がとても長く感じられました。
夕方は岬の突端に観光客や地元の子供たちが集まって、夕日が海に落ちていくの、ただただ見ているんですね。雲がそれこそ薔薇色に染まって、一生忘れられない光景です。


沈む夕日を見るにせよ、打ち寄せる波を見つめるにせよ、一番の贅沢は時間を無駄に使うことだと思いました。(笑)よくよく考えてみると、そうした時間というのは無駄にみえて、無駄ではないのかもしれません。絵画の余白であり、音楽の間であり、「無」があるからこそ「実体」である絵や音が生きてくるということがあると思います。ここまで考えて「リフレッシュ休暇」が会社生活の「間」として与えられた休暇であることに思い至りました。なるほど。やるなぁ、社長。(笑)



竹富島

沖縄本島は今まで行った事のなかった北部に行きました。辺土名というところの海岸で、波の打ち寄せるのを砂浜に座って、ずーと見つめていました。その時、思ったのは世界中のありとあらゆる海岸で波は、あきることもなく気の遠くなるような昔から、気の遠くなるような未来まで、打ち寄せては引き、また打ち寄せているのだなぁ、と思いました。自分という存在が、ひどくちっぽけに思えましたね。